Interview

急がない時間が、新しい景色を見せてくれる。田中シェンが書道で見つけた、ありのままの自分 

田中シェン

モデル、俳優、イラストレーターなど、多方面で活動する田中シェンが、この日書いたのは漢字の「夢」ではなく、ひらがなの「ゆめ」だった。文字の成り立ちに触れ、筆の流れに身を任せながら、自分自身と向き合う時間。そこには、言葉にしないコミュニケーションや、急がないからこそ見えてくる景色があった。

デジタルやスクロールで時間を潰してしまう今だからこそ、ゆっくり時間をかけることの意味とは何か。田中シェンが書道を通して見つけた「ゆめ」と、その先にある豊かさについて話を聞いた。

取材・執筆:飯嶋藍子、撮影:タケシタトモヒロ、編集:丸田武史

「ゆめ」を、ひらがなで書いた理由

──小学校まで鹿児島で過ごし、中学から大学まではアメリカで過ごしていたシェンさんですが、もともと書道にどういうイメージを持っていましたか?

田中シェン:小学生の頃、冬休みに必ず書き初めの宿題が出ていたので、そのイメージですね。思い返すと、いつもその宿題は一番最後に取っておいていました。私は、好きなお弁当のおかずも最後に食べる派なので、楽しいものは最後に残すタイプなんです(笑)。

――今回、久しぶりに書道体験をしてみていかがでしたか?

田中シェン:書いているうちに、筆と呼吸が合ってくる感覚がありましたね。なんというか、瞑想に近いというか。小学校の授業や宿題は、楽しくても「やらなきゃ」という義務の感じでしたけど、今回は「自由でいていい」と言ってもらえて。それでいて、迷ったときには先生がアドバイスをくれて、自分の書きたい方向に導いてくれる。そのバランスが新鮮でした。

──では、今回書いた言葉について教えてください。

田中シェン:書いたのは「ゆめ」です。自分にとって大切なことはなんだろうって改めて考えた時に、いい意味で、子どもみたいな感覚はずっと持っていたいと思ったんです。閃いたことを、「どうせこうだから」と決めつける前にやってみたい。それが私の「ゆめ」だなって。

──そんな「夢」を、ひらがなの「ゆめ」にしたのはなぜですか?

田中シェン:漢字の「夢」は、何かを背負ってしまう気がしたんです。ひらがなは日本にしかないものだし、独特の丸さやバランスもすごく素敵で。「ゆめ」とひらがなで書くと、もう少し遊んでもいいかなという気持ちになれる。滑り台がどこまでも続くような丸みが、書いていておもしろかったです。

「自由な女じゃん!」と思った瞬間

──ひらがなを選んだことには、普段描いているイラストとの繋がりもありましたか?

田中シェン:漢字のかっちりした感じよりも、私はどちらかというと緩やかなカーブや、枠にとらわれない形に惹かれるんです。ひらがなって、小さい頃からずっと書くのが難しいと感じていたので、いまあらためて挑戦してみたいと思って。特徴のある“かたち”を書くという意味では、普段描いているイラストにも近い感覚がありました。その感覚も、ひらがなを選んだ理由のひとつだったと思います。

──書いている最中に先生から「文字の成り立ちを理解した上で書くと、スムーズに筆を運べますよ」とアドバイスされているシーンがありましたね。

田中シェン:そうなんです。「ゆ」は「自由の由」、「め」は「女」がもとになった字だと教えてもらって。まさに「自由な女」って私じゃん! って思って(笑)。

──(笑)。「ひらがなって難しい!」と言いながら書いていましたが、書いていくうちに何かご自身の中で変化を感じましたか?

田中シェン:文字のバランスはやっぱり難しくて。でも、最初は「ゆめ」をただの記号として正面から捉えていたのが、成り立ちを教わって文字の背景が見えてくると、筆をどう走らせるかをイメージしやすくなったんです。そのうえで「私はどういう"ゆめ"を書きたいんだろう」と考えられて、筆が乗った気がします。

──書道をしていて、ご自身の性格が見えてくるような感覚はありましたか?

田中シェン:私はもともと真面目で、きっちりしていたいタイプなんです。でも、うまく書こうとすると「この線がダメ」「このカーブがダメ」って、嫌なところばかり見てしまう。目の前で起きたことを、受け入れるのを拒んでしまうんですよね。そうじゃなくて、「これもかわいいよね」「これもいいよね」と受け入れると、次はこう動いたらもっと素敵な「ゆめ」が書けるかも、と視野が広がる気がして。

――それこそ、コントロールしすぎないというか。

田中シェン:そうですね。私はついコントロールしたくなるタイプなんですけど、書道をしていると、力を入れすぎてもダメだし、抜きすぎてもダメ。その“程よさ”が大事なんだなと思いました。最近、「流れる川は腐らない」という言葉を聞いて素敵だなと思ったんですけど、まさにそんな感じで。流れに任せることも必要なんだなって。それは「ゆめ」でいうと、やっぱり「ゆ」のカーブ。あそこは流れに任せるしかないんです。コントロールしようとすると、「ゆ」本来の良さが潰れてしまう気がして。進むままに進んでくれ、という感じでしたね。

言葉にしないほうが、伝わることもある

――書道は、自分と対話するような時間にもなりましたか?

田中シェン:大いにそう思います。繰り返し書くことで、本質にたどり着いていく感じがあって。書き終わってみると、書いている最中とは違う思いが生まれるんですよね。「結果的にこうなったな」とか「私ってこういうことを考えていたんだ」って、出来上がったものから見えてくる。書いた先にそれが見えるのは、イラストも書道も同じ気がします。

――そういう時間を、誰かと共有してみたいとかありますか?

田中シェン:そうですね......。例えば、親との会話って、難しくないですか? でも、書道みたいに同じことを一緒にやる時間があると、言葉じゃないところで通じ合えることもある気がしていて。だから父や母とも一緒にやってみたいなと思いました。言葉にしないコミュニケーションのほうが、意外ともっと伝わるものがあるのかなって。

――実際に、誰かと一緒に書いた経験はあるんですか?

田中シェン:お正月に友達と書き初めをしたことがあって。みんなで集まっておせちを食べて、テレビを見て、一通りやることがなくなった頃に、「そういえば筆と紙を買ったけど、書く?」って(笑)。それぞれ好きな言葉を書いて、そのうち「誰が一番うまいか」になって、最後は似顔絵対決に発展して……気づいたら半日経っているみたいな(笑)。

――すごい楽しそう(笑)。

田中シェン:楽しかったです。やっぱりスマホの文字って、みんな同じじゃないですか。それもいいんですけど、手書きの文字ってその人の性格が出るし、一人ひとり違う。そのバランスを見て楽しむのもいいなって。それに、みんなで書くときって、上手い・下手の正解がないから、その中で楽しむのが、私はすごく好きなんですよね。

急がない時間が、新しい景色を見せてくれる

――シェンさんは演技の仕事もされています。「呼吸」や「流れ」という意味では、書道は演技と通じる部分もありましたか?

田中シェン:ありますね。会話でも、お互いの様子や言葉、テンポが混ざり合って空気感が生まれていくじゃないですか。その空気をどうつないでいくかが演技だと思うし、書道も同じだなと感じました。自分で「こうだ」と決めつけるより、その場で生まれるやりとりや流れを楽しむほうが、いいものになる気がします。

――では今回の体験を通して、書道のどんなところに魅力や価値を感じましたか?

田中シェン:硯で墨をすっている時から、もう楽しくて。匂いや色、濃度がどんどん変わっていく。筆に墨を含ませる時も、たっぷりがいい時とそうでない時のバランスがあって、本当に侘び寂びや禅の世界だなと。書道って、時間の楽しみ方そのもののように感じました。

――急がずに、時間をかけて楽しむというか。

田中シェン:そう。ゆっくり何かを楽しむって、すごく大事だと思うんです。でも私たちって、暇になるとついスクロールしたり、音楽を流したりして、暇を潰そうとする。そんななかで、こうやってゆっくり時間を過ごす。今日も(書道時間の)40分、最初は「長いな」と思ったのに、書いてみたらあっという間だった。こういうアナログな時間の過ごし方って、今の時代にはすごく贅沢なことなんだなと改めて思いました。

――もともと、そういう時間の過ごし方は好きなんですか?

田中シェン:例えば、私は炊飯器を持っていなくて、ご飯は釜で炊くのが好きなんです。電子レンジもなくて、その日に作ったものをその日に食べたいから、食べたいものをスーパーや八百屋さんで選んで回る。でも一番時間を使うのは、散歩しながら細い道を見つけることかもしれない(笑)。知っている街でも、入ったことのない抜け道って意外とあるんです。同じ時間帯、同じ場所なのに、そこから見る景色は全然違って感じる。どんなに馴染んだものでも、まだまだ再発見できる。そう思うと、スマホの画面ばかり見ている場合じゃないなって。

――今日の書道も、そんな「再発見」のひとつになりましたか?

田中シェン:そうかもしれないです。上手い下手は別として、自分自身が楽しめることを発見できたので。書道、向いているかもしれないなと思いましたし、自分にとって何が贅沢なのかを、あらためて思い出させてくれる時間だった気がします。

プロフィール

田中シェン

鹿児島県出身。英語、中国語、日本語を操るトリリンガル。「田中のおしゃべり日記」と題したInstagramが人気。ファッションモデルや女優の他に、2022年「SHENTASTIC Creative Studio」を設立しイラストレーターや動画クリエイターとしても活動する。これまでに「エクセルシオール カフェ ダイバーシティ東京プラザ店」「PUMA JAPAN」「Spick & Span」などのアートワークやプロモーション動画を手掛ける。
その他の活動に、J-WAVE毎週土曜16時~「KDDI LINK SCAPE」ナビゲーター。映画「父と僕の終わらない歌」「パリピ孔明THE MOVIE」(2025)などに出演。
https://www.instagram.com/shen_tanaka/

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