Interview
近道を選んじゃうと、心は伝わりにくい。落語家・春風亭一之輔が語る「噺」と「書」
春風亭一之輔
長寿番組『笑点』の大喜利メンバーとしても親しまれる、落語家・春風亭一之輔は、若手真打(しんうち)の旗手として早くから頭角を現し、いまや落語界を代表する存在のひとりだ。大学時代には寄席文字を学び、今回久しぶりに筆をとって選んだ一字は、口偏に「新しい」と書く「噺」だった。
古い噺をそのままなぞるのではなく、自分の言葉で、その場の空気や人間のおかしみを現代に手渡していく。デジタルで言葉を瞬時に届けられる時代に、生身の人間が高座でしゃべること、そして時間をかけて手で書くことには、どんな意味があるのか。異なる二つの営みに通じる感覚を、一之輔の言葉からひもといていく。
取材・執筆:服部桃子、撮影:こまつこうへい、編集:丸田武史春風亭一之輔:墨と筆で文字を書くのは久しぶりだったので、すごく疲れましたね。でも、書いていくうちに何か思い出すというか。大学生の頃に寄席(よせ)文字(※)を習っていたので、そのときの感覚が少し戻ってくる感じがありました。
※落語や講談などの寄席や演芸の看板などに使われる、太く力強い独特の書体
春風亭一之輔:「ここの伸ばすところを、どこまで持っていったらいいのか」とか「筆の角度はこれでよかったか」とか、細かいことばかり考えていましたね。
全体を見たときに、考えていたのがあだになったかもしれない、と反省しました。丁寧にやろうとすると、小さくまとまったりして。あんまり考えずに、タタタっと書いたほうが勢いがある。

春風亭一之輔:小学1年生から6年生まで、近所の書道教室に通っていました。姉たちがやっていた流れで、僕も半分やらされているような感じでしたね。日曜日に通うのが、もう習慣になっていました。
春風亭一之輔:大学の落語研究会に所属していたんですが、寄席文字でめくり(出演者の名前札)を書く人を決めなきゃいけない、と。僕が1年生のとき、新入生が1人しかいなかったので、「お前が教室に行け」と言われて(笑)。御徒町にあった寄席文字の教室に、月に2回ほど、4年間通いました。

春風亭一之輔:家で練習しないから、全然しなかったですね。学生だから酒ばっかり飲んでいて(笑)、しょうがないから課題だけは書いて持っていく、みたいな感じで。ちゃんと練習する人は、本職みたいな字を書くまで上達するんですけどね。
春風亭一之輔:普通は「話」と書くところを、落語では「噺」と書くんですよね。「落とし噺」とか、「人情噺」「滑稽噺」とか。落語家のことは、これに「家」をつけて「噺家(はなしか)」と読ませたり。

春風亭一之輔:そうなんです。古典落語は江戸時代や明治時代を舞台にした古い噺も多いけれど、それが今でも通じているということは、受け取る人にとって新しく感じられたり、人間が生きていくうえでずっと変わらないことを扱っていたりするからだと思うんです。だから、口から出るものを常に新しく引き継いでいかなきゃいけない。そう考えると、「噺」という字は意味もぴったりだなと思って、選びました。
春風亭一之輔:難しいですね。見てもらえばわかる、というような(笑)。1人の人間が座布団の上に座って、何人も演じてしゃべるだけなんですけど。わかりやすく言うと、ばかばかしい噺を1人でして、お客さんの頭のなかでそれをイメージして笑ってもらう。そういう芸能です。

春風亭一之輔:たとえば、同じような話芸に「講談」があります。講談の場合は、立派な人とか、立身出世した人とか、いろんな苦難を乗り越えた人たちが出てくることが多い。でも落語には、そんな人はあまり出てこないんですよ。街中にいる酔っ払いや博打打ち、吉原で遊んでいるようなだらしない人とか。そういう人たちにスポットを当てて、「まあ、そういうこともあるよね、人間って」というおかしみをテーマにしたものが多いですね。
春風亭一之輔:そうですね。同じ噺でも、人によってまるで違うんですよ。しゃべっている落語家の人間性が出る。そういうところを楽しむ芸能でもあると思います。
春風亭一之輔:落語家のなかにも、字が上手い人もいれば、そうでもない人もいます。決して上手とは言えないし、読みにくいんだけど、なぜかすごく惹かれる字を書く人もいる。そういう字には、その人の人間が出ているのかなと思ったり。
あとは、自分の師匠の字を真似る落語家もいます。字の師匠じゃなくて、落語の師匠の字をね。「こういう字を書きたい」というのは、つまり「こういう人になりたい」ということなんでしょうね。しゃべり方と同じように、字も憧れの対象になるんだと思います。
春風亭一之輔:人間国宝の柳家小三治師匠ですね。あんまり気負っていないというか、自然体な字を書かれる方で。落語の話し方にも通じるところがありますね。ただ、自然じゃないところもいっぱいあるんだけど(笑)、それも含めて、ひとつの味なのかなって思います。

春風亭一之輔:寄席に行くと、15分おきくらいに、講談とか漫才さんとか手品の人とか、いっぱい出てくるんですよね。僕が最初に行ったときは、そんなにお客さんが入っていない時代で、「ふだん何してるんだろう」みたいな人がだらーっと座っていて(笑)。お客さんも前のめりじゃないし、出てくる人も、そんなに懸命にやっているようには見えない。いつものようにしゃべって、頭を下げて袖に下がったら、また次の人が出てきてしゃべる。
春風亭一之輔:そう。でも見ているうちに、お客さんがどんどん引き込まれていくんですよ。若い人も出てくれば、年配の落語家も出てくる。そしてだんだんお客さんのテンションが上がって、最後の「トリ」に向かってひとつになって、ワッと爆笑で幕が閉まる。その緩さもあるし、もちろん熱もある。ほかのエンターテインメントにはない、「いいものを見つけた!」って感じがしました。

春風亭一之輔:そうですね。よく例えるんですけど、歌舞伎とか能とか浄瑠璃が温泉の高級旅館だとしたら、寄席は駅のホームの片隅にある足湯みたいな感じなんですよ。途中から入ってもいいし、途中で抜けてもいい。寄席って、そういう場所だと思います。
春風亭一之輔:たしかに、落語家がAIに取って代わられる可能性はありますよね。でも、それはそれで面白いんじゃないかな。負けたら、「自分たちでつくったものに仕事を取られて、人間っていうのは情けないね」って(笑)。

春風亭一之輔:いろんなものを見たり聞いたり、自分でその場所に行ったり、そこでお客さんと向き合ったり。そういう経験を、自分のフィルターを通してしゃべるというのは、いまのところ人間のほうがまだ長けていると思うんですよ。
春風亭一之輔:あると思うんですよね。生身の人間が1人でしゃべっているところを、不特定多数の人間が聞いて、一緒に笑ったりする。どうかすると「つまんないな」と思ったり、寝ている人もいる(笑)。一生懸命な空間はいっぱいあるけど、さほど一生懸命じゃなく見える空間って、なかなかないですよね。

春風亭一之輔:現代に合わせるなら、時事的な話題を無理やり噺のなかに放り込むというやり方もあると思います。でも、本当に一番大事なのは、自分の言葉でしゃべるということだと思うんですよ。噺を体のなかに入れて、登場人物が勝手にしゃべるイメージというか。
春風亭一之輔:もちろん、いわゆる落語家らしい古典的な口調は大事です。でも、それは覚えて当たり前の大前提。そこから先で、作ったセリフを丸暗記してしゃべっているうちは、どうしても言葉にとらわれている状態なんです。
自分の腹から登場人物がしゃべり出すようになると、とても生き生きした落語になる。登場人物が生きているんですよ。僕はまだそこまで行けているとは言えないけれど、できるようになりたいと思っています。

春風亭一之輔:自分の役目は何か、毎日考えながらやっているところはあるかもしれません。毎日お客さんの感じが変わるんですよ。「今日はそんなに笑わないな」とか。僕らはそういうお客さんを「重たい」と言うんですけど、そういうときは、自分が起爆点になって、あとの人がやりやすくなるようにしなきゃな、とか。自然と自分のポジションを考えていますね。
春風亭一之輔:乗ってくるとね、もう1人、操縦士みたいな自分がボーンと現れて、しゃべっている自分を俯瞰で見たりするんですよ。僕はそれに操られるがままにしゃべる。逆に、そういうものすら一切なくなって、ただひたすら勝手にしゃべっているときもある。いわゆる「ゾーンに入る」ような感覚なのかもしれませんね。

春風亭一之輔:笑い声だけじゃなくて、人情噺なんかをやっているときも、お客さんの目の集中力とか、空気が全然変わるんですよ。それがピーンと合ってくる瞬間があって、そこに自分が乗せられる感覚というか。
春風亭一之輔:あると思います。最初はいろいろ考えながら書くけれど、だんだん集中してくる。それに、書いていると自分の心のブレもわかるじゃないですか。あとで見返すと、「あのときあんなことを考えていたから、こうなったのかな」とか。だから書く人にとっては、自分の状態がわかる、いい感じの人間ドックみたいなものかも。まあ今日は、いろんな人(取材スタッフ)に見られながら書いたので、ゾーンには入れませんでしたが(笑)。
春風亭一之輔:書道をすることはほとんどないですけど、はがきや手紙は手書きですることがありますね。ご祝儀をいただいたときに、遠くに住んでいて滅多に会わない方へお礼状を書いたり。子どもからファンレターをもらったときは、たまに返事を書いたり。

春風亭一之輔:慣習ではないけど、筆まめな人は多いと思います。師匠から教わるんですよね。「お礼状はちゃんと書け」って。
春風亭一之輔:とにかく、手で書くというのは時間がかかるじゃないですか。手で書こうか、LINEで送ろうかとなったら、明らかにLINEのほうが早い。いまの時代だと、手書きは面倒くさいことも多いですよね。でも、そんな面倒なことをしてまで手で書いて、「ああ、これを伝えたかったんだな」というお手紙をいただくと、ありがたいな、って思うんです。
春風亭一之輔:その人の人となりがわかりますからね。子どもからもらうファンレターなんかも、消しゴムで消した跡があったりして。「一生懸命考えて書いてくれたんだな」って。それを見ると、やっぱり嬉しくなるんですよ。

春風亭一之輔:以前、うちの一番上の弟子が入門したてのときに、とんでもなく下手な字を書いていたんです。「なんでこんな字が書けるんだ」って(笑)。それで、小1から小6の書き方ノートを与えて、「全部やれ」「ゆっくり、一日1ページずつ書け」と課題を出したんです。本当に数字の「1」から、「あいうえお」から。そうしたら、まあまあ……別に人に見せられるほどではないんだけど(笑)、丁寧に書くようにはなったんです。
春風亭一之輔:そう。何が言いたいかって、下手くそでもいいけれど、ゆっくり時間をかけて書けば、なんとかなる。なんでも近道を選んじゃうと、心は伝わりにくいですよね。

プロフィール
春風亭一之輔
1978年、千葉県野田市生まれ。日本大学芸術学部卒業後、2001年に春風亭一朝に入門。2004年に二ツ目へ昇進し「一之輔」と改名。2012年、21人抜きで真打昇進を果たし注目を集める。2023年より日本テレビ系『笑点』の大喜利メンバーを務め、2024年には落語協会理事に就任。古典落語を軸に、全国各地の寄席や独演会などで精力的に高座に上がる。

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春風亭一之輔
1978年、千葉県野田市生まれ。日本大学芸術学部卒業後、2001年に春風亭一朝に入門。2004年に二ツ目へ昇進し「一之輔」と改名。2012年、21人抜きで真打昇進を果たし注目を集める。2023年より日本テレビ系『笑点』の大喜利メンバーを務め、2024年には落語協会理事に就任。古典落語を軸に、全国各地の寄席や独演会などで精力的に高座に上がる。

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得られる教養と出会いは
一生ものの財産に。
日本習字は、日本の伝統文化である書道を
年齢・習熟度に応じた教材による学習機会の提供と、
全国約1万1千の習字教室への運営支援を通じて、
書を身近に感じながら学べる環境を提供しています。
全国に広がる学びのコミュニティは忙しい日常を整え、
自分自身と向き合える場でもあります。
初めての方も、再び筆をとりたい方も。
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