Interview

手で書くからこそ、価値がある。写真家・石川直樹が語る、“身体を通して世界を知る”こと

石川直樹

世界各地を旅しながら、数々の極地や辺境を記録してきた写真家・登山家の石川直樹。ヒマラヤ8000メートル峰全14座登頂を達成するなど、常に自身の身体を通して“生の体験”と向き合い続けてきた。デジタル化が進み、あらゆる情報に瞬時にアクセスできるこの時代。だからこそ今、実際にその場へ行き、自らの感覚で世界を知ることの意味は、より大きくなっているのかもしれない。

そんな石川直樹が、今回筆で書いた言葉は「ヒマラヤ」。手で書くことを通して見えてきた、“身体を使って世界を知る”という感覚に迫る。

取材・執筆・編集:丸田武史 撮影:近藤みどり

墨をすって、姿勢を正す。手書きと共にある日常

──はじめに、最近の近況について聞かせていただけますか。

石川直樹:6月に1ヶ月間アラスカに行って、山に登る予定です。その高所順応も兼ねて、5月はインド・ヒマラヤに行こうと思っていて。アラスカではデナリという山に関わりながら、リサーチを進める予定です。(*注意:取材日は2026年4月28日)

──石川さんはこれまで、書道や習字との接点はありましたか?

石川直樹:中高生時代に学校の授業で習字がありました。硯で墨をすって、筆で書いたっていう記憶がありますね。あと、大人になってからも、遊びで書き初めをやったりとか。

──今日あらためて書いてみて、感じたことはありましたか?

石川直樹:筆で書いていると、やっぱり落ち着くんですよね。自然と姿勢も正そうとするし、字にはいろんなものが表れるなと。だから、丁寧に書こうと意識して書きました。

──普段から、ペンや筆で書くことは多いんですか?

石川直樹:僕はスケジュール帳も未だに手書きですし、Googleカレンダーみたいなのも使ってないんです。だから、今も割とずっとアナログで。

──それは、手書きへのこだわりがあるんでしょうか。

石川直樹:こだわりというより、昔からずっと手書きのメモ帳を使ってきたので、その方が自分にはわかりやすい。以前、スケジュール帳を2回くらいなくしたことがあって、その時は本当に大変でしたが(笑)。だから、仕事の人にも「Googleカレンダー使ってください」って言われたこともあったんですけど、結局、手帳の方がしっくりくるんですよね。

書いたら、実現した。「ヒマラヤ」の文字に込めた想い

──今日書いていただいたのは「ヒマラヤ」。なぜこの言葉を選んだのでしょうか?

石川直樹:それは自分にとって、一番大切な場所だからですね。何度も通った場所だし、自分の経験の核になるような場所でもある。だから、「ヒマラヤ」という言葉を選びました。

──途中で「アラスカ」も書かれていましたね。書いているうちに、気持ちにも少し変化があったんでしょうか。

石川直樹:途中で別の文字も書いてみたくなったんです。同じ四文字だし、アラスカも自分にとって大切な場所なので、書いてみようかなと思って。ちょうど「また行きたいな」と思いながら書いていました。

──書いているうちに、その気持ちが強くなっていった?

石川直樹:そうかもしれないです。昔、書き初めで「ヒマラヤ行く」って書いたことがあって。2022年のことなんですけど、その年、本当に100日以上ヒマラヤに行ってたんですよ。だから、書いたら実現するのかなって(笑)。

──まさに有言実行(笑)。石川さんが初めてヒマラヤに出会ったのは、17歳の夏だったそうですね。

石川直樹:高校2年の夏休みに、インドとネパールを一人旅して、その時に初めてヒマラヤに出会って。2001年にはエベレストにも登って、それ以来20年以上、広く深く関わり続けています。ヒマラヤは自分のいろんなものを形作った場所だし、これからも通い続ける場所だと思います。

──17歳の頃から長く通い続ける中で、ヒマラヤへの想いなどに変化はありましたか?

石川直樹:今でも、ヒマラヤへの思い自体は全然変わってないんですよね。17歳の頃は、どうやって近づけばいいのかも、どう登ればいいのかもわからなくて、ただ遠くから見ていた。でも、少しずつ近づいて、実際に登って、頂上まで行って、また下りてくる。そういうことを繰り返す中で、本当にたくさんのことを学びました。学校なら3年、4年かけて学ぶようなことが、ヒマラヤでは2ヶ月くらいの遠征に全てが凝縮されて、一気に飛び込んでくるような感覚があるんです。

──その濃密さは、今も変わらないですか?

石川直樹:変わらないですね。果汁100%の時もあれば、果汁120%の時もある。でも、決して30%にはならない(笑)。最低でも100%以上という感じです。
だから、東京での普段の生活は果汁3%くらい。しかも合成着色料入りみたいな(笑)。ヒマラヤでの経験には、偽物がないんです。本物を濃縮したような体験だけが、そこにはあるんですよね。

登山も、写真も、書も。「全部、自分が現れる」

──山に登ること、写真を撮ること、そして今日のように筆で書くこと。石川さんの活動には、どこか共通した感覚があるようにも感じます。

石川直樹:やっぱり全部、自分がどこかに現れるじゃないですか。写真も機械を通して写すものだけど、何に反応して、どう撮るかに、その人自身が出る。絵も文字も、少しずつ自分がにじみ出てくるものなんじゃないですかね。

──石川さんは、写真も基本的にフィルムで撮られていますよね。アナログにこだわる理由はありますか?

石川直樹:今って、AIでフェイク画像を作れたり、後から映像を加工するのが当たり前の時代じゃないですか。でもフィルムって、フィルムの上に塗られた乳剤に光が取り込まれて像を結ぶ、化学反応なんですよね。そこにはフェイクが入り込めないというか。自分の気持ちが写るわけではもちろんないんだけど、そこにいた、そこに在った、という“真正性”みたいなものが保たれる。

──それは、今日の「書く」という行為にも少し通じる感覚がありますね。

石川直樹:そうですね。文字も同じだと思います。自分の手で書くことで、その人の痕跡みたいなものが残ると思うので。

──時代とともに、便利になっていく一方で、実際に自分の身をもって体験することも、より重要になっている気がします。

石川直樹:むしろ、こういう時代だからこそ、身体感覚っていうのはさらに重要になるんじゃないですかね。体験することとか、経験することとか。そういうものの価値は、これからもっと大きくなる気がします。

──実際に行ったり、手で書いたりするからこそ、見えてくるものもあるというか。

石川直樹:ありますよね。五感というか、体全体を使って感じているので。たとえば、インスタグラムなどで写真を見て、知った気になってしまうことってたくさんある。でも、本当はその場所の音とか、匂いとか、自分の疲労感とか、その時の精神状態によって、風景の見え方は全然変わるんです。だから、実際にそこへ行くこととか、自分の手で書くこととか、自分の体験を通じて知っていくことの方が、ずっとずっと重要なんじゃないかなって。

50年後、100年後に残る、そこに生きた証

──今日、実際に筆で文字を書いてみて、改めて感じたことはありましたか?

石川直樹:昔から、先史時代の壁画にも関心があって、そういうものを追いながらフィールドワークをして写真に写してきたんです。絵が文字になっていく歴史や、象形文字みたいなものにも興味があって。特に漢字って、形から生まれてきたものだと思うので、今日あらためて文字と向き合って、カタカナですけど、ちゃんと紙と向き合って書けたのは面白かったですね。

──実際に手で書くという行為には、どこか“痕跡を残す”といった感覚もある気もします。

石川直樹:そうですね。自分で書いた文字って、その人が体を動かして残した直接の痕跡でもあるので。そこに、その人が生きていたことや、感じたことみたいなものが残る気がするんです。だからこそ価値がある。タイピングと違って、軽くないですよね。別に重いわけでもないんだけど、ちゃんとその言葉と向き合う感覚が強い。

──そういう“手跡”のようなものは、時間が経つほど意味を持っていくのかもしれませんね。

石川直樹:50年後、100年後になって、自分がいなくなった後も、手で書いた文字って、「そこに誰かがいた」っていう証として残ると思うんです。パソコンで変換された文字よりも、直接書いた手跡には、その人が体を動かした痕跡が残る。だから、そこに自分が生きていた証みたいなものも宿る気がしていて。手で書くこともそうだけど、そういうものが残っていくことは、大切なことだと思います。

──石川さんには、写真家、登山家、作家など、いろんな肩書きがあると思いますが、その中で、旅をして写真を撮るという行為を、自分ではどんな感覚で捉えているんでしょうか。

石川直樹:写真については、自分では“表現”をしている感覚はあまりないんです。旅をして、世界を知る。その中で見たものを記録している、という感覚の方が近い。写真って、絵や彫刻みたいにゼロから生み出すものではなくて、機械がないと作れない。目の前に世界がないと成立しないんですよね。だから、自分の中では「記録する」という感覚なんです。

──そうやって記録していくことって、石川さんにとってどんな意味があるんでしょうか。

石川直樹:先人が生きてきた営みが積み重なったものが文化だと思うんです。英語の “cultivate” にも「耕す」という意味がありますけど、いろんな文化が耕されて、今の世界がある。だから、そういうものを深く眼差したり、なくなりそうなものを記録したりしながら、受け継いでいくことが大切なんじゃないかなって。それは手で書くといった行為も同じことで。だからこそ、僕は旅をして、世界を知って、それを記録していく。そういうことを、これからも続けていきたいですね。

プロフィール

石川直樹

写真家・登山家。1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学・民俗学への関心から、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』『POLAR』により日本写真協会賞新人賞・講談社出版文化賞、『CORONA』により土門拳賞を受賞。23歳で七大陸最高峰を当時の最年少で制覇し、2024年にはヒマラヤ8000メートル峰全14座の登頂を達成した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』、近著に『最後の山』ほか多数。旅を通して世界を記録し、それを作品として発表している。

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写真家・登山家。1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学・民俗学への関心から、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』『POLAR』により日本写真協会賞新人賞・講談社出版文化賞、『CORONA』により土門拳賞を受賞。23歳で七大陸最高峰を当時の最年少で制覇し、2024年にはヒマラヤ8000メートル峰全14座の登頂を達成した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』、近著に『最後の山』ほか多数。旅を通して世界を記録し、それを作品として発表している。

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