Interview

回り道の中にこそ、本当の豊かさがある。ラッパー・アフロの”なぞらない”書との対峙

アフロ

ラッパーとして、俳優として、そして書き手として。常に自身の内面を剥き出しにするような表現を続けてきたアフロが、久しぶりに筆をとった。書いたのは、自らの言葉ではなく、父の名「邦彦(くにひこ)」。2024年にUKとの二人組バンドMOROHAの活動休止を経て、自身のあり方や価値観が揺らぐなかで選んだ名前だった。

書くことと向き合う中で立ち上がってきた、失敗と向き合う感覚、最後までやりきる時間、そして彼が考える“本当の豊かさ”とは。書道という体験を通して見えてきた、いまのアフロの現在地に迫る。

取材・執筆:飯嶋藍子 編集:丸田武史

最後まで書くことで次に繋がる、その時間の感覚

──まずは書道を体験した率直な感想を教えてください。

アフロ:強烈に印象に残っていることが二つあって。一つは、今日、書道を教えてくださった先生にお手本を書いてもらったんですが、その瞬間、助かるなという気持ちと同時に、「お手本のまま書くのは違うぞ!」っていう変な意地が出てきて。ただ模写するだけになるのは嫌だなと感じたことで、俺って、もの作りをしている人間なんだなぁと改めて実感しました。

──お手本を参考にしつつも、自分なりに表現したいという意識があったんですね。

アフロ:そこまで言うと大袈裟かもしれない(笑)。でも、美しさやバランスが取れているのを吸収して書くのと、見ているものをそのままなぞるのとは、まったく別のことで。だから、お手本をあまり見ちゃいけないと思いながら、パッと見た印象と、口頭でいただいたアドバイスをもとに書いていきました。それって曲を書く時に憧れの音楽をどこまで取り入れるか、どこまで自分が吸収して、自分の音楽に落とし込むのかっていうバランスにも似ているような気がして。

──もう一つはどんな気づきでしたか?

アフロ:「邦彦」という字を書いたんですけど、「邦」の最初の一画目、二画目で大失敗するわけですよ。「ああっ!」って思うんですけど、でも、最後までやらなくちゃいけないって気持ちになったことが、自分の中で大きな気づきでした。

──実際、書いている途中で「最後までやろう」と気持ちを整えていたのが印象的でした。

アフロ:先生が一生懸命教えてくれていることに対して、俺も一生懸命向き合おうと思った時に、最初のほうで失敗したからといって、「すみません、ちょっと最初から書きたいので次の半紙ください」と言うのは無粋な気がして。だから最後まで書くことで、次の一枚に繋がるんじゃないかという気持ちになって。それは、書道をするという時間だからこそ生まれた感覚だった気がします。

書道と音楽に通じる、ファーストテイクという感覚

──ちなみに書道をするのはいつぶりですか?

アフロ:小学校の時に授業でやったのが最後だと思います。まあ当時も真面目にやった記憶はないです(笑)。だから、硯(すずり)で墨を磨るのも久しぶりでした。でも、この手触り、この音っていう思い出が蘇って。今あらためて、大人になって向き合ってみると、すごく楽しかったです。

──どんなところに面白さを感じましたか?

アフロ:自分がこうしたいと思ったものに近づいていく感覚というか。最初に失敗しても最後まで書こうとか、書き損じたあとに自分はどうするんだろうとか。そういう感覚って、日常の考え方にもすごく近い気がして。なんで最後に筆の緊張感がなくなって線がよれちゃうんだろう?と考えたり、失敗とどう向き合うのかと考えたりする時間が、禅や精神論の話というよりは、自分に向き合うことにも通じているんじゃないかと思いました。

──他に何か発見はありましたか?

アフロ:「良くないかもな」と思いながらも最後まで書くと、意外と気にならなくなったりするのが発見でした。部首単体で「うわ、ダメかも」とか「ちょっと太くしすぎちゃった」「トメがしっかりしてない」とかいろいろ思うんだけど、最後まで書き上げちゃうと、意外といいかも! ってなったりして……この感覚、レコーディングに似てるのかも、って思いました。

──レコーディングにも近い感覚?

アフロ:はい。レコーディングって、ファーストテイクが一番良くなる傾向があるのですが、二回目、三回目は、ファーストテイクの良かったところを意識して、誇張したモノマネになってしまう。さっき話した、お手本をそのままなぞりたくないという感覚にも通じるんですが、いろいろ直してきれいに整えるほど、他の部分の良さが失われたりもする。だから、ちょっと失敗したなと思っても、それが次の言葉がよりくっきり浮かび上がるための装置になることもあって。

──ファーストテイクが一番良くなるのは、どんな理由があるんでしょうか?

アフロ:俺が長くやっているからこそだと思うのですが、肩の力が抜けて、これまで積み重ねてきたものが無意識のまま自然に出てくる状態になりやすいからだと思います。そこらへんの感覚って書道に通じるのか、先生に聞きたいです!

“ゾーンに入る”とは、どういう状態なのか?

アフロ:先生、書道でもファーストテイクがいい、みたいな現象って起こりますか?

先生:起こりますね。たとえば、生徒さんが書いたものが、清書よりも練習のほうが良かったとか、最初のものを取っておけば良かったとか、そういう話はよく聞きます。最初は気負わずに書くので、のびのび書けていて意外と線が良かったりする。それは、生徒でも先生でもあることだと思います。もちろん、ずっと書いていって、最終的にどんどん良くなっていくこともありますね。

アフロ:先ほどもお話ししたのですが、ファーストテイクって確かに肩の力が抜けていて自然に歌えるんです。それを聴いてから二回目を録ると、どうしても良かったところを意識して、同じくらい良くしようとか、それ以上に誇張してしまって、なんだか不自然になる。書道にもそれに通じるところってありますか?

先生:あると思います。この部分は気をつけられたけど、別の部分は前に書いたもののほうが良かったとか、その繰り返しです。それが一枚に全部集約されればいいですが、そうはいかない。書いていくうちに余計な緊張が抜けて、自然に書ける状態に近づいていく。ただ、その一方でピークもあるので、そのせめぎ合いですね。

アフロ:先生は、どういう精神(マインド)の時に、いいのが出ますか?

先生:私の場合は、周りにあまり人がいない時にぐーっと集中することが多いですが、その時に一文字目がうまくいけば、あとは良し、という感じで気持ちが乗りやすいです。ゾーンに入るみたいなたいそうなことではないですが、似た感じはあるかもしれません。

アフロ:いい時って頭の中で喋ってます? 「いいぞ、いいぞ!」とか。

先生:あまりないかもしれないですね。「よし、これいけるかもしれない」って最初に思ったらあとは淡々と書く感じです。

──ちなみに、アフロさんは今日どうでしたか? 頭の中で何か考えていましたか?

アフロ:めっちゃ喋ってました。でも、先生がおっしゃってることって、いいライブに近いかも。たとえば、今日は発声がいいなって思うと、あとは引き続き頑張ろうということもなく、そのままスルスルっといく。邪念が入ってきませんように、と思いながら、何事もないような感覚でそのまま進んでいけるというか。

──波に乗れる感じというか。

アフロ:なんか、ゾーンっていうのは、走っている状態じゃなくて、“走る”そのものになっている状態、それ自体が現象として立ち上がっていることを、ゾーンというらしいんですよ。だから、“歌う”になっているというか。最初に意識的に「今日いいな」と思っている時は歌っているんだと思うんですけど、そこから波に乗っていった先に、自分自身が“歌う”になっている状態がある。それが、先生の場合は“書く”になっている状態なんでしょうね。

アフロが今、父の名前「邦彦」を書く理由

──アフロさんの書いた文字についても聞かせてください。今回「邦彦(くにひこ)」という文字を選んだ理由は?

アフロ:「邦彦」は親父の名前です。親父が俺の名前を書いたことはいっぱいあると思うんだけど、俺は親の名前を書くことってそんなにないなと思ったのがまず一つ。あとは、親父が人生で一番多く書いた字が、「邦彦」という名前だと思うんですよね。だから、それをなぞってみようと思って。

──アフロさんにとって、父とはどのような存在ですか?

アフロ:親父は、もとはちゃらんぽらんで、怖い存在でもあったんです。でも、親父が家族のことで後悔している部分もあって、それを知ってからは見方が変わって、近年はすごく尊敬するようになりました。今まではやってもらったことばっかり考えていたんですけど、やらないでいてくれたことや言わないでくれていたことに気づくようになって。それがわかってから、見え方が変わりました。

──それは何かきっかけがあったんですか?

アフロ:そうですね。親父が我慢していなかったらきっと保てなかった家族の問題があって、一昨年くらいにそれを一人で抱えていたんだとわかったんです。その時に、これまでの親父に対して抱いていた、「ああしてほしかった、こうしてほしかった」っていう思いが全部解けて、ちゃんと腑に落ちた感じがありました。

──そのこともあって、「邦彦」と書こうと思ったんですか?

アフロ:それとこれとを結びつけすぎちゃうと湿っぽすぎちゃうんですけど(笑)、その出来事をきっかけに親父のことを更に好きになったのは事実。あと、書く文字を選ぶ時にいろいろ浮かんだんですけど、今、そんなに自分のポリシーみたいなものを、一つをガツンと提示したくない時期にいるんですよね。MOROHAをやっていたら、ベタだけど「根性」とか「情熱」とか、これが自分のトレードマークだ! っていうものを書こうとしたと思うんですけど、それを決めてしまうことに今は窮屈さを感じています。なので、正直、親父に寄りかかって、少しぼやかしたところもあるかもしれない(笑)。

──トレードマークを外した今、自由さを感じますか。

アフロ:「自由!」って感じではなくて、「自由か……」っていう感覚ですね。その中で好きなことをやろうとしています。今は、結果よりも、「今日一日がみんなにとって楽しい日でありますように」という願いを強く持っています。そうすると、結果を追いかけた時よりもうまくいくんじゃないかって。

「書く、ということ。」が取り戻してくれるもの

──今日の体験を通して、「書く」という行為についてどんなことを感じましたか?

アフロ:書くとなると、まずノートを探してペンをとるところから始まるし、スマホに何かを打ち込む時より視野は広いのに体勢に自由度がない。そういう不自由さに付随する一つひとつに、意味があると思うんです。たとえば、俺は映画って家で観るよりも映画館で観るほうがいいなって思うんですよ。映画館で映画を観ている最中ってトイレにも行けないし、スマホも触れない。自分を縛ってくれるものが多ければ多いほど、いい気がするんですよね。

──そういう“不自由さ”や“非効率さ”が、逆に豊かさにつながっている感覚というか。

アフロ:そんな非効率なことを豊かと思えるような状況に、自分を常に置きたいですよね。うん。なんか嬉しいとか楽しいっていう感覚は、実はそっち側にある。映画館とか映画の内容を覚えてないけど、あの映画はあいつと行って、途中でミスタードーナツ行ったよねとかっていうこと。そういうことが俺にとってすごく豊かなものと認識していたい。家に大きなスクリーンがあって、1.5倍速で見るのが一番効率的みたいな話になっちゃってるけど、そうじゃないよねっていうことをやっぱり教えてくれるというか。そういうことを豊かだと思えないと、続かないものもあるんだなって。 MOROHAなんてまさにその感じなんですけど!

──(笑)。

アフロ:それに気づいたんです(笑)。振り返ってみるとMOROHAって思い出があまりなくて。地方に行っても美味しいものなんて食わず、ライブが終わったら牛丼チェーンで飯を食って夜走りみたいな感じだったんですよ。金稼ぎに行ってるからこっちも。それで、俺は実家のローンを全部返した時にふと気づくんです。「思い出が少ないな」って。でも、その“お金に縛られていた感覚”から抜けられたのは良かったし、だからこそ、今のほうがきっと書くことの良さも少しわかるような気がするんですよね。

プロフィール

アフロ

ラッパー。MCアフロとギターUKによるユニット・MOROHAとして活動し、2024年に活動休止。言葉と演奏のみで構築される表現で支持を集め、武道館公演も成功させる。近年は俳優としても活動し、映画『さよなら ほやマン』では、第78回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第33回日本映画批評家大賞新人男優賞を受賞。著作に『東京失格』『俺のがヤバイ』など。朗読やバンド・天々高々などの活動も含め、言葉と身体を横断する表現を続けている。

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日本習字は、日本の伝統文化である書道を
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